テンポ12:非日常
2008年 12月 03日
ケナーが目を覚ますとそこは病院だった。
轢かれたはずなのに生きているのが不思議だった。
「目が覚ましたか。直撃は避けられたようで良かったです」
医者はそう言った。
「あの・・・私・・・」
「トラックが思い切り方向を変えて減速したおかげで、あなたは荷台に接触しただけで済みました。まだ体が痛むと思うのでしばらく安静にしていて下さい。」
「はい・・・」
医者は病室から急いで出て行った。ここの病院もあの時のように忙しいみたいだった。
ケナーは窓から外を見る。
車にぶつかったのに、体を打ちつけただけで私は死ななかった。一体何がそうさせているのだろうか。
私は運命を憎む。いっそ死んでしまえばきっとまた家族と会えるというのに…
まさかホズピタスがそうさせているのだろうか…
そう思ったケナーは、ホズピタスとの交信を試みた。
”「ホズピタス!私にはもう何も無い…このまま死なせて…」”
ケナーはひたすらに暗いことを頭の中で念じ続けた。
しかし、ホズピタスからの返答は無い。
それどころかホズピタスの像…白いカブトムシの姿さえ頭の中には現れなかった。
テレパシーが通じないという事はホズピタス側にも何か遭ったということか?
それともホズピタスそのものが架空の存在だったのか。
ケナーは孤独だった。
家族も居ない。友とは離れ、味方は居ない。信じる人も信じれる者も居ない。
いつになく質素な病院食がきた。
周囲が戦場で物資や材料が届かず、それ自体とても食べられる代物ではなかったが、
ケナーは別の理由で食べなかった。というより喉を通らなかったのだ。
医者が来た。
「…保護者は自分で呼びますか?」
「呼ばなくても平気です。・・・心配掛けたくないので」
「そうですか・・・」
心配掛けたくないというのはもちろん嘘だった。
何故だかほんの少し、ケナーの気が楽になった。
あの親戚の男も居ない、ハミング達も居ないこの病院に居られる事は不幸中の幸いかもしれない。
ここでひっそりと死ねるならそれでも良い気がした。
「詳しい事は聞かないが、回復するまではここに居なさい。…国があれでこのお時勢だから入院費などは気が向いたらで良い。」
医者は去っていった。
ケナーは久しぶりに何だか優しい言葉をかけられた気がして不思議な気分だった。
まだ生きるのを許してくれる人が居るということなのか…
ケナーが病院に居る数日間、町での戦闘はいつにも増して激化していた。
連邦の3体のエマールと、帝国のブートン隊の衝突は激しいものだった。
お構い無しに町を破壊しようとするブートン。そしてそれに対抗するエマール。
彼らが戦えば戦うほど、町は荒廃して行った。
特に追い詰められたブートンの、自爆特攻は非常に危険だった。
やけになったパイロットが危険物を扱う工場などに突っ込み、それによって多くの家屋が吹き飛ばされた。
ケナーの住む町は毎日少しずつ廃墟に近づきつつあった。
病院はまだ比較的安全だったが、毎日のように近くの爆発の光に照らされた。そしてその光は次第に近づいていた。
ケナーの心はこの数日ほんの少しだけ安らいだ。
しかし自分が不幸・この戦いを運んでいるのだとしたら、早く病院から離れた方が良いと考えた。
ある日、入ってきた医者に思い切って言った。
「いままでお世話になりました。おかげで良くなったので帰ります」
「外は危ないぞ、まだ居た方が良いと思うが・・・」
「それでも行きます」
ケナーは静かにそう言うと病院を後にした。
町の景色はすっかり変わっていた。
緑は無く、目に見える多くが瓦礫の山。いろいろなものが焼け焦げた臭い。
ケナーにはそれらが今の自分の心境そのもののように見えた。
廃れた町に目を瞑りながらも、勇気を出して自分の家に帰ろうと思った。
親戚など関係ない、家族と居たあの家に帰りたい…。
自宅への長い道を歩き、ケナーは足を止めた。
家が在った場所には瓦礫の山があった。
by kozenicle | 2008-12-03 23:23 | デデスト外伝:メトロノーム