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現実は非情であり、非情こそが現実である  ― ミスターG (殴蹴







ケナーの母、マニー・ポマレリは死んだ。
悪条件が重なった結果だった。
マニーはもともと病弱な体質で、一年位前の入院時も何とか退院したくらいだった。
町の周囲は何処も戦争で、医療物資は届かず病院の人手も足りなかったのも一つの理由である。

直接的な死因は有毒ガスの吸引だが、ケナーは自分が死を招いてしまったのだと思い、自らを責めるようになった。



葬式は非常に簡素なものであった。
もともと親戚は少なかったし、周囲の戦闘騒ぎのため行くのをやめる者が多かった。
皆、自分の命が優先なのである。


葬式に来ていたのは十人に満たなかった。
ケナーは泣くことも出来ず、ただ放心していた。
現実で何が起こったのか認めたくないから、無意識のうちにそうなっていた。


ケナーはショックのあまり、悲しみは無くどん底の絶望感だけが彼女の中にあった。


何故死んでしまったのか。
私があの時、ホズピタスの言う事に背いたから起こった事なのだろうか。
それなら私が死ねば良いのに、何故母が死ななければならなかったのか。
私は周りの人を不幸にし、地獄に陥れている・・・のに、自分だけは生きている・・・
でも今の私には生きている感覚が無い・・・周りに家族も誰もいない、死んでいるのと同じ…


そんな言葉がケナーの頭の中を延々とぐるぐる回っていた。




ケナーは親戚に送られ一人、家に帰ってきた。
家には誰もいない。もう誰も居ることはない。居るのは孤独。

ケナーはリビングを眺め、楽しかった時の事をほんの少し思い出した後、
自分の部屋のベッドに突っ伏した。
もう何も考えたく無い、現実を見ていたくない。




すると、玄関からドアが開く音がした。



ケナーは不意に起き上がった。
きっと、父さんとアロイージが帰って来たに違いない。

ケナーは急いで玄関まで走っていった。




「おかえり、父さ・・・」




玄関には、無表情の見知らぬ男が立っていた。




「・・・あ、あの」

「君がマニーの子か」


ケナーは男の声を聞いて思い出した。
小さい時一度だけ会ったときがあるが、無表情の怖い顔に怖い声、厳しく頑固であり、子供のするささいなことでも気に触れればこっぴどく怒る、子供から見たら恐ろしい男。
確か母方の親戚だったと思う。



「君の年齢なら一人でも平気だが、相談の結果俺が君の保護者をする事になった。」

「待って・・・下さい、保護者ならお父さんが・・・」

「その父さんが何処に居るというんだ?」

「・・・・」


「決まった事だ、君は遺品の整理をしろ」


親戚の男が台所に行ったため、ケナーは足早に母の部屋へ行った。




母の懐かしい匂い、そしてそれももう消えようとしているのだと思うと、一層絶望が増した。

部屋にはいろいろなものがあった。ミシンに布に、古びたメトロノーム。
そして父さんからの手紙。


しかしケナーは気づいてしまった。

その手紙と同じ位の大きさの紙切れがいくつも床に落ちていた。

不意にごみ箱を見る。そこにはクシャクシャに丸められた紙がいくつも入っているようだった。



ケナーはそれらの紙を拾い、開き、すべての内容を見た。


ケナーへ  元気かい―

ケナーへ  いきなり手紙が届いて―

ケナーへ  もっと早く手紙を―

ケナーへ  アロイージも元気―

ケナーへ  こちらも色々あって―

ケナーへ  辛い思いもしているだろう―


全ての紙切れには、父からの手紙に似た文章が書かれていた。
そしてそれらの文章は、下書きのように薄く書かれ、尻切れトンボのように途中で終わっていた


ケナーは悟った。


父さんから来る手紙を書いていたのは、母さんだった事を。



ケナーはわっと泣き出した。

この時、この瞬間、これからも、
もうずっと家族の誰にも会えなくなった事を認めなければならなかった。


私を元気付けようと、母さんが父さんの手紙の内容を考えている姿を想像すると、余計に涙が出た。
母さんの方が元気が無かったのに。


手紙を渡してくれた時、母さんがどこか悲しい表情をしていたのはこういうことだったのか。


父さんも、母さんも、アロイージももう居ない。


ケナーは悲しみに暮れ、時間を忘れて泣き続けた。





何時間経った後だろうか、ドアが開き、親戚の男が入ってきた。

男は一言だけ言った。


「忙しい、早く整理をしろ」

by kozenicle | 2008-11-28 22:53 | デデスト外伝:メトロノーム

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